第1123例 ペースメーカー移動

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第1123例
症例:61歳、女性
 今回は心電図のみの提示です。この心電図に対して,自動診断は下記の如く診断しています。
 1) 接合部調律
 2) V3の非特異的ST上昇
 また外来担当医は、この心電図に対して「非特異的ST上昇」と診断しています。皆様方の診断は?

標準肢誘導心電図

胸部誘導心電図

標準12誘導心電図波形

解説
 この施設の外来担当医は、この心電図の波形をそもそも見た上で、心電図診断を考えたのでしょうか?自動診断さえこの心電図に「(房室)接合部調律」という診断をしていますが、担当医はこの診断には触れず、「非特異的ST上昇」という無意味な診断のみを下しています。そもそも、この心電図における胸部誘導の「非特異的ST上昇」とはどのような意味があるのでしょうか?単に胸部誘導で、この程度のST上昇は正常所見としてしばしば認められる所見で、全く臨床的意義がない所見です。従って心電図診断としては触れなくとも良い所見です。

 また折角、自動心電が「房室調律」という診断を示唆しているのに、なぜこの所見を無視したのでしょうか?それは診断担当医の恣意的な判断に過ぎません。
しかし、この心電図を「房室調律」とのみ診断した自動診断も正しいとはいえません。下図に本例の標準12誘導心電図の解説図を示します。P波は第2,3,aVFで陰性(逆伝導性)で、房室接合部起源のリズムであることを疑わせます。QRS軸は正常軸で、その他の心電図波形には異常所見を認めません。この心電図からは一応、房室接合部性調律の可能性が最も強く考えられます。

 標準12誘導心電図の解説図

図に

 下図に本例のV1,2,6のlong strip記録を示します。この心電図の第1,2心拍のP波は、それ以後の心拍のP波に比べて明らかに異なった波形を示しており、ペースメーカー移動(wandering pacemaker)の可能性が強く疑われます。

 このような所見が得られた場合は、直ちに標準肢誘導心電図を再度記録して、胸部誘導の第1,2心拍のP波を示す状態のP波が逆伝導性であるかどうかを確認するこことが必要です。

 以上から本例の心電図診断は下記の如くなります。
 1) ペースメーカー移動(wandering pacemaker)疑
 2) 他に異常所見を認めない。
 3) 胸部誘導記録の第1,2心拍に対応した標準肢誘導心電図の再記録が必要。

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