第1117例 Poor r wave progression, 左室負荷を示した48歳、男性

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症例;48歳、男性
臨床的事項:本例は検診例で、特に循環器学的愁訴はない。身長175cm, 体重86kg, BMI=27.9。血圧140/92mmHg, 理学的所見は正常。尿酸7.7 mg/dl, クレアチニン0.72mg/dl, 空腹時血糖116mg/dl, HaA1c 6%。下図は本例の心電図である。検診施設担当医は、この心電図に対して「QV1,2」と診断している。皆様方の診断は?

解説
 下図に本例の心電図の解説図を示します。心拍数60/分の正常洞調律で,洞徐脈の傾向を示しています。QRS軸は正常軸で、V1,2のQRS波はQS型を示し、V3のr波の振幅も著しく低く、いわゆるpoor r wave progressionの所見を示しています。 

 下表に石川ら及び日浅らが調査したpoor r wave progressionを示す例の基礎疾患の種類と頻度を示します。この所見はいろんな病態の際に見かけますが、これらの2つの研究では何れも最も頻度が高いのは前壁中隔梗塞で、左室肥大がこれに次いでいます。第3番目に多いのは正常例で, 石川らは25%, 日浅らは18.9%に正常例を挙げています。本例には急性心筋梗塞の病歴はありませんが、高血圧が基礎疾患として認められています。

 Burch, DePasquale(1960)は、米国New Orleans Veterans AdministrationHospitalでの連続4年間の剖検例1184例の心臓標本について、心室中隔の組織学的検討を行い, 142例(12%)に心室中隔の線維化を認めています。下表にその研究成績を示します。

 Burchらは、正常例での心室中隔の興奮は左室側から右室側に向かうという心室興奮伝搬過程についての電気生理学的所見に基づき、心室中隔の広汎な線維化などにより心室中隔起電力が失われると, この中隔興奮による起電力が失われ、標準12誘導心電図では第1,aVL,V5,6誘導のq波が消失すると考え、これらの所見が剖検例での中隔線維化例でどのくらいの頻度で認められるかについて検討し、添付fileに示す頻度を得ました。すなわち、病理組織学的に確認した心室中隔線維化例の79.5%に心電図的中隔線維化所見(第1,aVL,V5,6誘導のq波消失所見)を認めたことを発表しています。

 そして、このような例の臨床的基礎疾患として狭心症(83.1%)および高血圧(80.3%)を多数例に認めました。また、この論文(American Heart J 1960;60(3):
336-340)中で心室中隔線維化例の典型的な1例の心電図を示していますが、この心電図では「第1,aVL,V5,6誘導のq波」と共に「V1,2誘導のQRS波のQS型」
を示す心電図を提示しています。

  第1117例としてここに提示した例は, 基礎疾患として高血圧もあり、上記のBurchらの研究成績などに基づき、V1-3誘導のQS型ないしpoor r wave
progressionの所見は心室中隔線維化に起因すると推察されます。

 以上からこの心電図の診断は下記の如くなります。
 1) 正常洞調律(洞徐脈の傾向)
 2) 心室中隔線維化(poor r wave progression)
  3) 左室過負荷

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