第1115例 房室リエントリー性頻拍(副伝導路をリエントリー回路に含む)

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症例;59歳、女性
病歴:甲状腺機能亢進症で他診療所で治療中の例である。 薬物治療により現在は甲状腺機能は安定している。1年に1-2回、心悸亢進発作が起こる。そのときには過換気状態となり、デパスを内服して治まっている。今回、自宅で昼食後、動悸発作が出現し, 近医を受診して注射を受けたがが収まらないため救急来院した。下図は来院時心電図である。救急担当医は発作性心頻拍症と診断し,ベラパミールを緩徐に静注することにより、頻脈発作は停止した。この心電図の診断は?

解説
 この心電図に対して、救急担当医は「発作性心頻拍症」と診断しています。この診断は間違ってはいませんが、著しく前時代的です。正しくは「房室
リエントリー性頻拍(あるいは房室回帰性頻拍)」と診断するべき心電図です。

 以下その理由を解説します。
 この心電図の心拍数は185/分で、QRS間隔(0.08秒)が狭いので、一応、narrow QRS tachycardiaと診断しておき、その後 どのような種類の頻脈であるかを診断していきます。一般にQRS 間隔が狭い頻脈には下記のような多くの種類があります。

  1) 洞頻脈:単に正常の洞性興奮が多数連続出現した所見を示します。
 2) 異所性心房頻拍(単に心房頻拍と呼ぶ場合もある):洞リズムとは異なった波形を示すP波が多数連続出現する。
 3) 房室結節回帰性頻拍:房室結節、ヒス束内ないしその近傍にリエントリー回路がある頻拍
  4) 房室回帰性頻拍:副伝導路をそのリエントリー回路の一部に含む頻拍。WPW症候群に伴う頻拍はこれに属する。
 5)心房内リエントリー性頻拍:心房内にリエントリー回路がある頻拍で、出現率は少ない。
 6) 頻脈性心房細動
  7) 心房粗動:2:1ないし1:1 房室伝導比を示す心房粗動

  下図に本例の心電図の解説図を示します。この頻脈発作の心電図所見で最も重要な所見は第2誘導の各QRS波の後方に少し離れて陰性P波(逆伝導性P波)が重なっている所見で、心房興奮は心室から逆伝導された興奮によりなされています。

下図は第2誘導心電図の拡大記録です。

 この逆伝導性P波は,QRS波(興奮が正常房室伝導系を通る)の後方で、QRS波から少し離れた位置に認められます。すなわち心室→心房方向への興奮伝導路は、田原-ヒス系から少し離れた位置にあると判断され、WPW症候群が本例の背景にあると診断されます。下図にWPW症候群の際の頻脈発作の興奮旋回路を模型的に示します。逆伝導性P波がQRS波の後方に出現する機序が理解されると思います。

 また下図に いわゆる発作性上室頻拍の種類と頻度を示します。WPW症候群に起因する頻脈が上室性頻拍の約70%を占めています。この表の顕性WPW症候群というのは、非発作時心電図がデルタ波などの典型的なWPW型心電図所見を示す例を意味しています。

 他方、潜在性WPW症候群は、一方向性伝導機能(この場合は心室→心房方向へのみの伝導能力を持つ副伝導路)を示す副伝導路により起こる頻拍発作を示す例で、非発作時心電図はデルタ波を示さず、正常心電図を示します。しかし下記のようなリエントリー回路により興奮旋回を起こし、臨床的にnarrow QRS tachycardiaを起こします。
         心房 →田原・ヒス系→心室→Kent束→心房

 本例の非発作時心電図所見は不明です。しかし、発作時心電図所見において、逆伝導性P波がQRS 波の終末部から少し離れた位置に出現していることから、副伝導路の関与は明らかです。従って房室リエントリー性頻拍と診断できます。その上で、発作時心電図がWPW型波形を示していれば顕性WPW症候群と診断し、もし非発作時心電図にデルタ波を認めない場合は潜在性WPW症候群(concealed WPW症候群)と診断します。

 発作時の治療法としては、救急医が行ったベラパミル静注は最も適切な治療法です。しかし発作時心電図診断としては より正確な診断を行うべきであり、発作停止により治療完了とするのではなく、発作停止時心電図(ベラパミルの効果が消失した時点の心電図、従って発作停止直後ではなく、数時間後ないし翌日の心電図)を記録し、WPW症候群であるか、潜在性WPW症候群であるかを明らかにし、患者さんに不整脈の原因を説明する共に、治療選択としてKent束のカテーテル焼灼法があることについても説明してあげることがより丁寧な医療であると考えられます。

 心電図診断:房室リエントリー性頻拍(副伝導路を旋回路として持つ)

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