第1108例 左室過負荷(陰性U波)、高K血症(疑)を正常と誤られた高血圧例

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症例:77歳、女性
臨床的事項:高血圧があり、治療中の例である(血圧170/60mmHg)、現在、自覚症状はない。理学的所見は正常。下図は本例の心電図である。外来担当医は,この心電図に対して下記のように診断している。
 1)正常洞リズム
 2)正常QRS軸
 3)ST-T変化を認めない。
 この外来担当医の心電図診断は妥当でしょうか?皆様方の診断は?
 

解説
 私は従来、QRS軸偏位の定義としてNew York Heart Assosiationの定義を用いてきましたが、現在は2009年にアメリカ心臓協会など3学会の共同提案による「心電図の標準化と心電図診断に関するAHA/ACCF/HRSの共同提言」による心臓電気軸の定義を使用しています。下図にこの基準に基づく軸偏位の定義と、標準肢誘導のQRS波形の目視観察に基づくQRS軸偏位の診断法を示します。

 本例の心電図をこの定義に当てはめますと、第1,第2誘導のQRS波が陽性(上向き)ですから正常QRS軸となります。
 本例の心電図所見ですが、心拍数は58/分の洞徐脈を認めます。QRS波の変化としては、V1,2のQRS波について、r波の振幅が著しく低く,ほとんどQS型を示しています。しかし、ST上昇は軽度にとどまり(正常範囲内)、T波も正常所見を示しています。このV1,2のほとんどQS型に近い波形は,陳旧性前壁中隔梗塞の所見とするよりも,高血圧例にしばしばみる心室中隔線維化による所見であると考えられます。

  この心電図の異常所見として,最も注目するべき所見はV4-6に認められる陰性U波です。下図にV4-6の電子的拡大図を示します。この図を見れば,これらの誘導における陰性U波の存在は明らかです。しかし、このような拡大図でなくとも、通常記録でも明らかな陰性U波を認めますので、このような所見を見落とさない様に注意して頂きたいと思います。

   また、本例の心電図所見としては,V5,6のT波が77歳という年齢にしてはかなり高く、かつ左右対照的ですから、高K血症心電図のテント状T波である可能性を考慮して,血清電解質値を測定するべきであると思います。

 以上から,本例の心電図診断は担当医が診断している様な診断名ではなく、下記のようにするのが妥当であるとお判断されます。
 1) 洞徐脈
 2) 正常QRS軸
 3) 左室過負荷(左室対応誘導での陰性U波)
 4) 心室中隔線維化(疑)(V1,2のQS型ないしr波の著明な減高;V5,6の正常中隔性q波の欠如)
 5) 高K血症(疑)(V3,4の高く先鋭なT波、いわゆるテント状T波)

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