第1105例 高血圧性心疾患の左室肥大心電図所見の見落とし例

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症例:58歳、男性
本例は人間ドック例です。数年前から高血圧として近医の治療を受けているとのことです。身長168.8cm, 体重72.6kg, BMI 25.5, 理学的所見は正常です。血圧164/104mmHg, 眼底;KW 1度、尿蛋白±,尿酸9.6mg/dl, BUN 11mg/dl, クレアチニン1.11mg/dl、LDLコレステロール 165mg/dl, 中性脂肪 139mg/dl, HDLコレステロール58mg/dl。
 下図は健診時に記録された心電図です。健診施設担当医はこの心電図に対して「正常心電図」と診断しています。この診断は妥当でしょうか? 皆さま方の診断は?

解説
 下図に本例の心電図の解説図を示します。心拍数83/分の正常洞リズムです。QRS軸は正常軸です。V1のP波は二相性で、陰性相の幅が広く≧0.12秒で、左房負荷傾向があります。この心電図を一見して気づくことは、V5,6のT波が浅い所見です。正常例でのこれらの誘導でのT波の高さは、それぞれの誘導のR波の1/10以上です. 本例ではV5,6のT波の振幅が、それぞれの誘導の1/10以下ですから、「T波平低」と診断され、この所見は左室負荷の表現です。またV5(6)に浅い陰性U波を認めます。この所見も左室過負荷を表しますから、これらの誘導での低振幅のT波の所見と併せ考え、この心電図は左室負荷心電図であると診断されます。またCornell voltageは(SV3+RaVL)=19+4=23mmで、補正左室肥大診断基準値(≧23mm)ぎりぎりの値を示しており、左室肥大の疑いが置かれます。

 本例の心電図は、以上を総合して左室肥大(疑)、左室過負荷と診断されます。本例の臨床的事項を見ますと、明らかな高血圧があり(164/104mmmHg)、本例に左室肥大及び過負荷があることは確実で、ライフスタイル改善と共に、降圧薬治療により血圧のコントロールをはかり、左室負荷を軽減することが急務であることを本例の心電図所見は示しています。

 本例は人間ドック健診例で、健康な生活を希望して、相当の健診費用を支払って、受診しているのですから、健診担当医は適切な健あります。我が国での健診、ドックなどの現況は、本例で示されているような担当医の知識の未熟さのために、被験者の期待に十分応えていない例が無数に認められます。このことは健診のみでなく、実際の診療の上でも見られることであると思います。

 医師は、常に現在の自分の知識に満足することなく、自分が知らないことは、その方面に造詣がある方々の意見を徴し、自らも常に自己研鑽の努力を払い、常に向上するように努力し、謙虚な心を持ち続けて日常診療に携わる義務があると思います。

 以上から、この心電図の診断は、担当医が診断しているような正常心電図ではなく、下記の如くなります。
 1) 左室肥大(疑)(Cornell voltagek境界値、左房負荷所見境界値)
 2) 左室負荷(左室対応誘導での平低T波、V5,6の陰性U波)

 なお左室負荷があるにもかかわらず、第1誘導のS波が深い所見は肥満例によく見る所見です。肥満による横隔膜高位により、心臓がその長軸周りの時針式回転をこすことがその原因と考えられます。本例のBMIは25.5で、明らかな肥満が認められています。

 BMI(身体指数)=体重(kg)÷身長(m)÷身長夫(m)という指標は、私が若い頃ミネソタ大学生理衛生研究所で御指導を受けたAncel Keys教授の提案した肥満指標です。肥満の最も正しい評価指標は、身体比重(body density)で表現されます。これは空気中での体重と、水中での体重を測定することにより求められます。ミネソタ大学生理衛生研究所では、この水中での体重測定装置があり、私もそれを使った研究をNature 誌に掲載したことがありました。下図にKeys教授のポートレイト(左)と身体比重測定のための水中体重計(右、ミネソタ大学整理衛生研究所)を示します。

   

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